
監督:サンジャイ・リーラー・バンサーリー Sanjay Leela Bhansali
出演:ディーピカー・パードゥコーン、ランヴィール・シン、シャーヒド・カプール、アディティ・ラーオ・ハイダーリー、ジム・サルブ
トレイラーストーリー**************************************************
13世紀末、アフガニスタン。デリーの王座を狙うジャラールッディーン・ハルジー(ラザー・ムラード)は配下の武将アラーウッディーン(ランヴィール・シン)に娘のマリカーイェ・ジャハーン(アディティ・ラーオ・ハイダリー)を嫁として与え、自らの娘婿にした。だが、野心に燃えるアラーウッディーンは機を見てジャラールッディーンを暗殺し、スルターンの座に就く。
同じ頃、メワール王国の王ラタン・シン(シャーヒド・カプール)はシンガル王国を訪れた際、その国の王女バドマーワティ(ディーピカー・パードゥコーン)と恋に落ちる。やがて、パドマーワティはラタン・シンに嫁ぐことが決まり、メワールの都城チットールに輿入れする。
メワール王国を裏切った僧侶ラーガヴ・チェータンによってパドマーワティの美しさを吹き込まれたアラーウッディーンはパドマーワティをデリーに招くが拒絶される。アラーウッディーンはパドマーワティを奪うべく、チットールに攻め込み、城を包囲する。
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14世紀の伝説の王妃パドマーワティを描いた作品で、
【Hum Dil Chuke Sanam】(1999)(邦題『ミモラ』)、
【Devdas】(2002)、
【Bajirao Mastani】(2015)などで知られるサンジャイ・リーラー・バンサーリー監督の最新作。同監督の作品では
【Goliyon Ki Raasleela Ram-leela】(2013)、
【Bajirao Mastani】に続き、3作連続でディーピカー・パードゥコーンとランヴィール・シンの主演作になります。
本作は当初2017年12月1日公開予定でしたが、上映反対運動のため公開が延期され、2018年1月25日公開になりました。これら一連の騒動については後述します。
アフガニスタンから始まる冒頭からチットール城のラストシーンにいたるまで、壮麗さにこだわったバンサーリー監督が面目躍如の作品でした。豪華な宮廷のシーン、ラタン・シンとパドマーワティの愛のシーンはもちろんのこと、戦闘シーンやある種の狂気をはらんだ人物として描かれるアラーウッディーンまでも美にしてしまうバンサーリー・マジックの映像美が満載でした。
バンサーリー監督の美を人物として体現するのは、パドマーワティのディーピカー。宮廷内のシーンが多く、華やかな衣装や装身具で着飾った「王妃フル装備」のディーピカーの美しさは格別です。バンサーリー監督がディーピカーを使い続けるのも納得です。
しかし、こうしたビジュアルの美しさとは裏腹に、ストーリーはいくぶん物足りなさを感じました。パドマーワティとラタン・シンには愛のシーン、アラーウッディーンとラタン・シンには交渉や戦いのシーンで対峙しますが、パドマーワティとアラーウッディーンの関係が描き切れていない感じしてなりません。確かにアラーウッディーンはパドマーワティの顔を見ることも叶わなかったわけで、その点では原作(後述)どおりとも言えますが、原作どおりのつまらなさもありました。
こうした推測は良くないことかもしれませんが、はたしてこれがバンサーリー監督の描きたかったものなのかとも思ってしまいます。反対派が勝手に主張したように、パドマーワティがアラーウッディーンに恋慕するのは論外として、自分のせいで王国が危機に陥り、夫が捕らえられたりする状況で、恐怖でも憎悪でもアラーウッディーンに対して何の感情も持たないことはありえません。しかし、そうしたアラーウッディーンとの「感情のバトル」はみられず、パドマーワティはラタン・シンの妻としての務めに徹します(行動としてはラタン・シン救出に自ら向かうところは破格)。
パドマーワティとアラーウッディーンの関係が極力小さく描かれたように見えるのは、果たして上映反対派による制約の結果なのでしょうか。そうするとその延長で、あの結末も監督が本当に望んだものなのでしょうか?
ディーピカーのパドマーワティ、ランヴィールのアラーウッディーン、シャーヒドのラタン・シンと主演の三人は三者三様の好演でしたが、やはり一番目立ったのはランヴィールのアラーウッディーンでした。好色で残忍で野心家、ヒンドゥーが描くイスラーム君主のステレオタイプに近いように描かれたにもかかわらず、歴史上で傑出した人物であることは隠せないというキャラクターになっていました。
三人以外の登場人物もよく描かれていました。アディディ・ラーオ・ハイダーリー演じるアラーウッディーンの妻マリカーイェ・ジャハーンは予期していたものよりも重要な役。ジム・サルブ演じる宦官のマリク・カーフールは宦官の残忍さ、不気味さがよく表れていました。
歴史物の壮麗さを極めた作品で、その映像美は傑出しています。ディーピカーの美しさも文句なし。しかし、許しがたい出来事のために「もしかしたらなったかもしれないさらなる傑作」という影を永遠に背負い続けなければならない不幸な作品でもあります。
音楽最近のバンサーリー監督作品はすべてバンサーリー監督自身が作曲を担当しています。本作もそうでした。看板曲「Ghoomar」は非常に美しく、ラタン・シンとパドマーワティの愛を描いた「Ek Dil Ek Jaan」も素晴らしい。しかし、全体としてはダンス曲が少ない気がしました。曲についても上映反対派の攻撃にあったこと(後述)が関係しているのでしょうか。ここには挙げませんが、ランヴィールのダンス曲が一曲。ともにダンスの上手さでは定評があるシャーヒド・カプールとアディティ・ラーオ・ハイダリーのダンス・シーンはありませんでした。
「Ghoomar」「Ek Dil Ek Jaan」ディーピカー・パードゥコーン マドマーワティ(パドミニー)役

やはりディーピカーはバンサーリー監督とは相性が良いようです。背景からなにからすべて美しいという中で、霞んでしまうどころかますます美しくなるところはさすがディーピカーです。また、外面の美しさだけでなく、内面の強さをしっかり描いてくれるところもディーピカーにとってはありがたい存在。やはり、ディーピカーは美しさと強さを兼ね備えた女性を演じてこそだと思います。
ランヴィール・シン アラーウッディーン・ハルジー役

ランヴィールが
【Band Baajaa Baaraat】(2010)でデビューしたとき、「基本、悪役の顔だよな」と思った記憶があります。ランヴィールのその後のキャリアでは本当の意味での悪役はないのですが、今回、見事に「悪役」を演じ切りました。基本的にはヒンドゥー側からの叙述に従って野蛮で残虐な性格の人物として描かれますが、不思議なことに映画の登場人物としては最終的に非常に印象深いキャラクターになります。
シャーヒド・カプール ラタン・シン役

最初、ラタン・シン役をシャーヒドがやると聞いたとき、立ち位置が微妙な役で、よく引き受けたなと思いました。バドミニー伝説はやはりパドミニーとアラーウッディーンの物語であり、ラタン・シンはあくまで第三の人物であり、さらには結局のところ敗戦の将だからです。しかし、
【Padmaavat】のラタン・シンはラージプートの美学を体現する人物として大きな役割を与えられていました。そういえば、
【Bajirao Mastani】でプリヤンカー・チョープラーが演じたバージ―ラーオの第一夫人カーシーバーイーもそうでした。バンサーリー流でしょうか。
ジム・サルブ マリク・カーフール役

アラーウッディーンに気に入られ、後に政治の実権を握ることになる実在の宦官。
【Neerja】(2016)ではイカれたハイジャック犯ハリルを演じたジム・サルブが演じるカーフールは不気味さをたたえた独特の存在感がありました。アラーウッディーンとのシーンでは同性愛を感じさせるところも。
アディティ・ラーオ・ハイダリー マリカーイェ・ジャハーン役

(写真はこの作品のものではありません)
ジャラールッディーン・ハルジーの娘でアラーウッディーンの第一夫人。意外と重要な役で驚きました。作品中、歴史からも伝説からも離れて最も自由に人物像が作られたのはこの人ではないかと思います。一般にはアラーウッディーンにいろいろと口出しし、第2夫人には嫌がらせをする悪妻として描かれることが多いのですが、本作ではそれとはまったく異なる役でした。登場時間は多くはないものの、ディーピカーに負けない美しさを見せていました。
アラーウッディーン・ハルジーとチットール攻略【Padmaavat】は13世紀末から14世紀初頭の北(北西)インドの歴史を背景にしています。ランヴィール・シン演じるアラーウッディーン・ハルジー(キルジー)は高校世界史の難暗記項目(今でもそうなのかは知りませんが)であるデリー・スルタン朝の5王朝の2番目、ハルジー朝の第2代スルターン。アラーウッディーン・ハルジーの事績についてはすでに同時代人(13~14世紀)のイスラーム教徒の歴史家などが記録を残しています。作中で言及される詩人のアミール・ホスロー(フスロー)もアラーウッディーンの主に遠征の記録を残しています。
本作でも描かれる、同王朝の創始者ジャラールッディーン・ハルジーの娘を嫁にもらうものの、その義父を暗殺するところは史実とされています。アラーウッディーンが現在のラージャスターン州にあるチットールを攻略したのも史実。しかし、その動機はあきらかに領土拡張あるいはさらなる領土拡張のための戦略的なものであり、南インド進出にあたっての交通の要衝としてチットール攻略は不可欠だったためと考えられています。
バドミニー伝説当時のイスラーム教徒によるアラーウッディーンの記録ではチットールのバドミニー(パドマーワティ)への言及はまったくありません。パドミニーの名称が初めて現れるのはアラーウッディーンのチットール征服(1303)から200年以上も後のスーフィー詩人マリク・ムハンマド・ジャーヤスィー(1542没)の『Padmavat』(【Padmaavat】の原作とされています)。しかし、同時代の資料に言及がないこと、『Padmavat』の内容に年代などの矛盾があることなどから、歴史家の間ではパドミニー伝説はフィクションであると意見が一致しています。
【Padmaavat】上映反対運動、検閲委員会その他映画【Padmaavat】(当初のタイトルは【Padmavati】)はすでに撮影段階から反対派による妨害を受けていました。ラージプート団体「シュリー・ラージプート・カルニー・セーナー」は、作品にはラージプート、ヒンドゥー教徒を侮辱する内容があると主張し、メンバーが撮影のセットに押し入ってセットや機材を破壊したことが複数回ありました。
当初の公開日である2017年12月1日が近づくと上映反対派の活動が活発化します。ネット上でバンサーリー監督、ディーピカーの首に賞金を懸ける者も現れ、さらにハリヤーナー州のインド人民党(BJP、中央政府および同州与党)の広報責任者がその賞金に上乗せするという発言をして問題になりました(最後は引責辞任)。それに呼応する形でチットールがあるラージャスターン州政府など数州が州内での上映を認めないと発表します。制作・配給を行ったViacom 18 Motion Picturesはついに公開の延期を発表します。
バンサーリー監督は早くから、作品への反対は誤解に基づくもので、作品にはラージプート、ヒンドゥー教徒を侮辱する内容は含まれないと訴えていました。
インドにおける映画の公開の可否を審査する中央映画認証委員会(検閲委員会)は当初、申請書類の不備を理由に審査を拒否していました。明らかに責任回避のための時間稼ぎでしたが、ようやく12月末に審査を実施しました。審査の結果は数か所の修正はありましたがカットはなし。マリク・ムハンマド・ジャーヤスィー作『Padmavat』の映画化であることを明確にするため、タイトルを【Padmavati】から【Padmaavat】に変更することを条件に「U/A」(12歳未満の鑑賞は親の承認が必要)認証での上映を許可しました。
最高裁は当初、公開の可否は検閲委員会が決定する事項だとして問題への干渉を回避していましたが、検閲委員会の認証が出た後は一貫して公開を支持する立場を取っています。ラージャスターン州など4州は治安の悪化を理由に公開を禁止する命令を出していましたが、最高裁は「治安の維持は州政府の仕事」だとして公開禁止命令を差し止めました。
このように法的には完全にクリアな状態で公開となったわけですが、反対派による活動は公開日前後に活発化しました。グジャラート州では映画館のあるショッピング・モールが襲撃され、駐車中の車が放火されるなどの騒ぎが起きました。ハリヤーナー州グルガオンでは反対派によるスクール・バスへの投石がありました。結局、法的には公開は認められましたが、ラージャスターン州、グジャラート州などでは映画館が反対派による襲撃などを怖れて公開できない状態が続いています。
そして結局?そして【Padmaavat】。蓋を開けてみると、ラージプートを侮辱するどころか完全にラージプートを称賛する内容でした。ラージプート団体が鑑賞を推奨してもいいくらいです。もちろんパドマーワティとアラーウッディーンの恋愛などはありませんでした。
「ヴェールを付けずに王妃が踊るなどありえない」という批判もありましたが、これはパドマーワティとアラーウッディーンの恋愛シーンがないことが次第に明らかになってきたため、上映反対派がなんとか持ち出した反対理由にすぎません。過去の作品でも王妃のダンスシーンなどはたくさんあり、またインド映画のダンス・シーンは写実ではなく、表現方法の一つであるということを考えれば、少なくとも上映禁止を訴える理由にはなりえません。
結局、【Padmaavat】上映反対運動は、歴史上のラージプートの勇武や高潔さを宣伝する機会を逸したばかりか、現代のラージプートがいかに旧弊にとらわれており、狂信的、さらには反社会的であるかを広めてしまうことになりました。もちろん、それによって【Padmaavat】が得をしたわけでもないので、虚しさばかりが残りました。
【Padmaavat】美しい映画を観たい人、ディーピカーの美しさを堪能したい人、ランヴィール、ディーピカー、シャーヒドそれぞれの熱演を見たい人、騒動の真実を確かめたい人、おすすめです。

