2019年 07月 30日
【Kabir Singh】 |
監督:サンディープ・レッディー・ヴァンガー
出演:シャーヒド・カプール、キアーラー・アードヴァーニートレイラー
ストーリー
*****************************************
カビール・シン(シャーヒド・カプール)はデリー医科大学の研修医。成績は抜群だが、怒りをコントロールできないという欠点から数々の暴力沙汰や失態を起こし、学長(アーディル・フセイン)や父(スレーシュ・オベロイ)らの期待を裏切り続けていた。あるときカビールは新入生のプリーティー(キアーラー・アードヴァーニー)に一目ぼれ。友人たちの助けを借りてプリーティーにアプローチし、やがて2人は恋人同士になる。カビールが医師過程を続けるためにデーラドゥーンに行くという遠距離恋愛の期間を乗り越え、ついにカビールはプリーティーとの結婚の許しを得るために彼女の両親に両親に会いに行く。だが、そこからカビールの転落が始まることになる。
****************************************
アル中で自己破壊的な医者を描いたテルグ映画【Arjun Reddy】(2017)をオリジナルの監督サンディープ・ヴァンガー自身がリメイクしました。主演はシャーヒド・カプール。ヒロインはキアーラー・アードヴァーニー。ヒンディー映画では単独ヒロインとしては初めて大物俳優との共演です。
もしかすると今年1番のヒット作で、またもしかすると今年1番の問題作になるかもしれません。感想を書くのは非常に簡単ですが、評価するとなると非常に難しい作品です。感想は「まったく共感できない。まったく好きになれない」。これだけです。
話の大筋は怒りを抑えられないという欠点を持つ医大生が恋愛、失恋を経てアル中の医者になるというもの。タイトルが主人公の人名になっているとおり、ひたすら主人公の強烈な人格と行動を描き続けます。
【Kabir Singh】は公開直後から激しい批判にさらされました。そこでのキーワードは「ミソジニー(女性蔑視)」と「トクシック・マスキュリニティ(toxic masculinity有毒な男らしさ)」。これらを礼賛しているという批判です。後者は耳慣れない語かもしれませんが、「暴力や攻撃性を男らしさとして許容すること、あるいはそうした性質を当然とした男らしさの主張」とでも言えばいいでしょうか。
特に序盤、医学校での上級生たることを利用した主人公のヒロインへの強引なアプローチや、まるで「彼女は俺のモノ」扱いの恋愛描写が連続し、どうみても「トクシック・マスキュリニティ」あふれるストーリー展開です(おまけに「邪魔するヤツ」をボコボコにするというこれまた典型的)。
もちろん、こういった欠点のある人物を描くこと自体が問題だとは思いません。「誰にでも欠点はある」という観点からは特にそうでしょう。問題は作品全体としてそうした欠点のある人物を描くことによってどのようなテーマ性を持つことになるかだと思います。たとえば欠点はあっても途中で克服したり、あるいは逆にその欠点のせいで主人公が破滅・失敗するのを描くことでその欠点を批判することもできます。
しかし、【Kabir Singh】は主人公に前半で「怒りを抑えることができない」、後半で「アルコール中毒」という別の欠点を用意することによって、「マスキュリニティ」についての主人公の態度をあいまいにしています。主人公が問題として抱えており、真剣に対峙するのは「怒り」や「アルコール」であり、「マスキュリニティ」の問題ではありません。「マスキュリニティ」の問題はあいまいなまま、あの奇妙な(ある意味でご都合主義的な)結末によって終わりになります。
【Kabir Singh】を批判する人でも主人公を演じたシャーヒド・カプールの演技は褒めています。主人公カビール・シンの人格の各側面が何を意味するかは上に書いたとおりですが、それぞれの側面を演じきったシャーヒドの演技はやはり評価すべきでしょう。ヒロイン役のキアーラー・アードヴァーニーは、ヒロインに与えられた役割は限定的で、役そのものには疑問が残りますが、演技は十分以上でした。
疑問が残る内容と、しっかりした作りと出演者の演技が葛藤を引き起こしている感じです。ただ、いろいろ上に書いてきたことも、観る人によってはまったく違った感じ方をするのかもしれません。やはり評価は難しい作品です。自分はどのように感じるか、自分で確かめてみることをおすすめします。
音楽
音楽は複数担当制。ひたすらラブ・バラードを詰め込んだ印象です。
「Kaise Hua」
「Bekhayali」
「Pehla Pyaar」
シャーヒド・カプール カビール・シン役
【Haider】(2014)では狂気を装う男、【Udta Punjab】(2016)ではヤク中の歌手の役をやっており、必ずしも【Kabir Singh】のアル中はシャーヒドにとって珍しい役ではありません。一方でミソジニックと批判されたような部分はこれまでの役とは正反対です。そのためにミソジニックな印象が薄まったというのはあるかもしれません。
キアーラー・アードヴァーニー プリーティー役
もともと美人なのは変わらないのですが、どうも本作の役は「美しく」ありません。主人公にアプローチされているときは虐められている感じがあるし、自分から動くときは打算的にみえます。やはり、強烈な主人公の傍で自分を出せないことが原因でしょう。もちろんそういう役ということなので、演技は合格点以上。
カビールの父にスレーシュ・オベロイ。カビールの理解ある祖母役に1950年代から活躍する女優のカーミニー・コウシャル。途中カビールの愛人のような存在になる女優役にはニキター・ダッター。【Gold】(2018)にも出演しています。
インドの教育制度は複雑ですが、医学教育が出てくるインド映画がわかるようになるには、「インドの医学教育は M.B.B.S.とM.D.の2段階」と覚えておけば十分でしょう。M.B.B.S.は最後に研修医としての実習があり(カビール・シンは最初ここから)、これを終了すると医者を名乗れます。しかし、その上級過程としてM.D.を履修する医者も多いです(カビール・シンはデーラドゥーンでM.D.をやり遠距離恋愛)。
【Kabir Singh】はそれでも作品は大ヒット。それはなぜか。今後の課題にしたいと思います。
【Kabir Singh】
問題作とヒット作の関係を考えてみたい人、ほんとうにミソジニック作品なのか確かめてみたい人、シャーヒドの好演は見たいという人、おすすめです。
#
by madanaibolly
| 2019-07-30 01:31
| レビュー