【7 Khoon Maaf】 |
今年のボリウッドはこれまで大きなハズレがないという状況が続いています。先週の【Patiala House】も興行成績は芳しくなかったものの、それなりに評価されており、今後ある程度盛り返すかもしれません。こうした状況は、当たりハズレの大きい近年では稀有なこと。昨年末の【Tees Maar Khan】が厄払いをしてくれたのでしょうか。
監督:ヴィシャール・バルドワージ Vishal Bhardwaj 出演:プリヤンカー・チョープラー、ジョン・エイブラハム、ニール・ニティン・ムケーシュ、ナセルッディーン・シャー、イルファーン・カーンほか
トレイラー
ストーリー(ネタバレはありません)
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警察の監察医であるアルン(ヴィヴァーン・シャー)のもとに、火災で焼け爛れた女性の骨の残骸が届けられた。その骨が本当にある女性のものであるかどうかを確認するためであった。女性の名はスザンナ・アンナ=マリー・ヨハネス(プリヤンカー・チョープラー)。過去、数人の男性と結婚し、そのたびに夫が不審死を遂げているという、いわく付きの女性だった。だが、アルンにとって、その骨はそれ以上の意味を持っていた。アルンこそ、子供の頃からスザンナの最初の夫である軍人エドウィン・ロドリゲス(ニール・ニティン・ムケーシュ)の家で育ち、その後もスザンナの近くにいた人物だった。
ズザンナの夫たちに何が起こったのか?スザンナが殺したのか?そうだとするとなぜ?スザンナの数奇な人生が語られ始める。
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ヴィシャル・バルドワージ監督は【Maqbool】(2003)は「マクベス」、【Omkara】(2006)は「オセロ」を大胆に翻案し、優れた作品を作り出しました。今回の【7 Khoon Maar】はイギリス系インド人(逆ではありません)作家ラスキン・ボンドの「Sussana’s Seven Husbands」を原作にしています。バルドワージ監督がラスキン・ボンドの作品を映画化するのは2回目であり、パンカジ・カプールが出演した【The Blue Umbrella】(2007)はラスキン・ボンドの同名の小説を原作にしています。
「Sussana’s Seven Husbands」は現在入手できない(映画をきっかけに再版されるという話があるそうですが)ので、どのようなものかわかりませんが、短編集なのでしょうか。そう思わせるフシが【7 Khoon Maaf】にはありました。スザンナと夫たち(1人ずつ登場)との関係は非常にエピソード的であり、それぞれの夫はみな個性が強くて印象的である一方で、誰についても深い描写はありません。そして、1人の夫の死から次の夫と結婚するまでの話はほとんどでてきません(もちろんこれは意図的)。
そして肝心のスザンナ。夫たちのエピソードを積み重ねていき、最終的に「スザンナ」という明確な人間像が出来上がるという、いわば短編集的なアプローチが意図であるしたら、残念ながらあまり成功したとは言えません。次々と結婚し、次々と殺していくというのはどう見ても尋常ではないわけで、病的な殺人鬼でも、やむにやまれぬ事情でも、懲りないおバカでも、そのどれでもない(しかし説得力のある)新しいタイプの殺人者でもなんでもいいのですが、とにかくスザンナが何かでなければならないはずですが、その「何か」が見えてきません。
それでも、バルドワージ監督作品独特の映像美、妖しい音楽(バルドワージ監督自身が担当)、個性的な登場人物や過激な演技など見るべきところも多く、部分的には強烈に迫ってきます。しかし、同時に、なんとなくドーピングによって見させられているといった気もしてきます。
そして結末(以下、重要なネタバレはありません)。途中でいろいろな伏線を張ることができる小説ではありかもしれませんが、映画の結末としてはどうでしょうか?スザンナ7番目の夫のことになりますが、個人的には物足りませんでした。
ロシア民謡「カリンカ」のカバー「Darling」や、映像が美しい「Bekaraan」、ジョンによるロック・ステージの「O’Mama」「Dil Dil Hai」など今回もバルドワージ監督自身が手掛けた音楽は総合的には前作【Kaminey】といい勝負。しかし、今回は「Dhan Te Nan」や【Ishqiya】(2010)の「Dil Toh Bachcha Hai」にあたる大ヒットが出なかった分、やや不利でしょうか。
俳優陣の【7 Khoon Maaf】での役はかなり過激。これに対する好き嫌いはあるでしょうが、特筆はすべきだと思います。
プリヤンカー・チョープラー 次々に夫が不審死を遂げるスザンナ役
バルドワージ監督の前作【Kaminey】 (2009)では、出番はやや少なかったものの、ちょっぴり過激で素晴らしかったプリヤンカー。もちろん【7 Khoon Maaf】ではその何倍も過激でしたが、不思議と思い出したのはプリヤンカーが1人12役をやったアーシュトーシュ・ゴーワーリカル監督の【What’s Your Raashee?】(2009)。夫によってさまざまな顔を見せるスザンナで、若い役から老け役まで、そして派手から地味まで事実上の7役、いろいろなプリヤンカーが見られます。そして演技的にはプリヤンカーはそれらをしっかりとこなしているように思います。もっとも、今回は作中では本来1人の人物、キャラクターの一貫性という点では裏目に出てしまいましたが。しかし、今この役が出来るのはプリヤンカーだけ。間違いなく【7 Khoon Maaf】を観るのは、プリヤンカーを見るためでしょう。
最近、プリヤンカーとアンジェリーナ・ジョリーを比較する記事がありました。確かに最近のプリヤンカーを見ていると、外見的にも性格的にもダーティなところのある役も厭わず、意欲的にさまざまな役をこなしていくところなどは、一時のアンジェリーナに似ているかもしれません。本人は意識しているのかどうかわかりませんが、【7 Khoon Maaf】にもアンジェリーナを思わせるようなシーンがありました。
スザンナの夫の役を演じる俳優たちは、ふつう男優には使わない言葉ですが、「汚れ役」というのがピッタリ。(ここでもネタバレはありません)
ニール・ニティン・ムケーシュ スザンナの最初の夫、軍人エドウィン・ロドリゲス役
戦地で功績を挙げるものの、その際に片足を失った軍人。いかにも青年将校という風貌ながら、どこかエキセントリックな感じがする役を好演でした。ムチを使った決闘シーンなども迫力満点。もともと骨太の役は得意なニール。なかなかヒットには結びついていませんが、頑張ってもらいたいところ。
ジョン・エイブラハム スザンナ2番目の夫、ロック歌手のジミー・ステットソン役
教会の聖歌隊でアルバイトをしていてスザンナに出会うが、実はロック歌手。しかし、何かまだ裏がありそうだという感じは出ていました。最近多い演技派路線のジョンでした(まだ認めてもらえませんが、演技はできると思ってますが)。ジョンとプリヤンカーといえば【Dostana】(2008)でいかにもボリウッド風のロマンチックなシーンを演じていましたが、今回は全く違うカップルです。
イルファーン・カーン スザンナ3番目の夫、詩人のワスィウッラー・カーン役
世間では詩人として尊敬を受けているワスィウッラー・カーンは、ある意味でスザンナの夫たちの代表格。真面目にしていても怪しい雰囲気が得意なイルファーンにとってはハマリ役。さほど出演時間は多くありませんが、存在感を発揮しています。
ナセルッディーン・シャー
スザンナ6番目の夫、キノコ療法士モドゥフスドン・タラフダル役
鬱に陥ったスザンナを救うことで知り合った夫で、やっていることは怪しいですが、優しそうな役。しかし、もう6人目までくると、さすがに観客は「優しそうだけど、きっとなにかあるはずだ」と思うようになっており、そう思って見ると、なにかありそうにも見えるという、名優ならではの奥の深さがありました。伊達に後ろから2番目に持ってきているわけではありません。
夫役ではありませんが、
ヴィヴァーン・シャー 監察医のアルン役
今作がデビュー。ナセルッディーン・シャーの息子です。ナセルッディーン・シャーの息子ではイマード・シャー(【Dil Dosti Etc】(2007)、【Little Zizou】(2009))がすでにデビューしています。イマードはかなり父親似ですが、ヴィヴァーンのほうは言われないとわかりません。今回は物語の語り手的な存在になる重要な役でしたが、デビューとは思えない演技でした。
他にコンコナー・セーン・シャルマーがアルンの妻役で特別出演していました。【Omkara】の縁でしょうか。
【Omkara】や【Kaminey】はストーリーは追い切れないにもかかわらず、どこか引き込まれるような感じがありましたが、【7 Khoon Maaf】は逆にストーリーは明確ながら、どこか入り込めないところがあるという気がしました。それは先にあげたストーリー構成のためなのか、それとも内容(非現実的ならずとも超現実的)のためなのでしょうか。
【7 Khoon Maaf】
プリヤンカーの過激なスザンナを見たい人、夫役男優陣の「汚れ役」を見たい人、お勧めです。
おまけ
原作であるラスキン・ボンドの「Sussana’s Seven Husbands」についての詳細は分かりませんが、殺される7人の夫というモチーフはおそらく旧約聖書から来ていると思われます。カトリックの旧約聖書続編(外典)「トビト記 (The Book of Tobit)」に、結婚した7人の夫が悪魔アスモダイ (Asmodeus)によって殺されてしまうサラ (Sarah)という女性が出てきます。また、スザンナは(これは偶然かもしれませんが)、旧約聖書「ダニエル書 (The Book of Daniel)」にいわれなき不貞の告発を受ける人妻の名として登場します。こちらのスザンナは西洋絵画の(主に裸体画の)題材としても知られています。