【Piku】 |
監督:ショージート・サルカール Shoojit Sirkar
出演:ディーピカー・パードゥコーン、アミターブ・バッチャン、イルファーン・カーン
トレイラー
ストーリー
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ピクー(ディーピカー・パードゥコーン)はデリーに住むベンガル人家庭出身。建築家として働きそれなりの収入もあり、恋愛も自由にする「独立した」女性。
ピクーの唯一の悩みは同居する父バシュコル(アミターブ・バッチャン)の健康状態。年齢から来る衰えもあるが、もっと問題なのは自分がひどい病気だと思い込み、片時も健康問題が頭から離れないこと。特に便通に関する執着はピクーをうんざりさせていた。
あるとき、コルカタにある先祖伝来の家の売却話が持ち上がり、バシュコルは懐かしさから今は弟に管理を任せてある実家を見るため、久々にコルカタに行くことを決意する。だが、健康問題から飛行機や鉄道には乗れないため、自動車で行くしかなかった。
ピクーは普段使っているタクシー会社の社長で、実はひそかにピクーに想いを寄せているラーナー(イルファーン・カーン)に頼むが、ふだんピクーやバシュコルにひどい目にあっている運転手は誰もコルカタまでの長旅に行こうとしない。しかたなくラーナーが自分で運転することにする。
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アミターブ・バッチャンとディーピカー・パードゥコーン演じる父娘の関係を描いたファミリー・コメディー・ドラマ。主演はディーピカー・パードゥコーン。役名がタイトル名になる真の意味での主役です。父役で共演は大御所アミターブ・バッチャン。この二人の共演は2回目で、前作【Aarakshan】(2011)でも父娘でした。そして国際的にも評価されるイルファーン・カーンが二人をサポートします。
監督は【Vicky Donor】(2012)、【Madras Cafe】(2013)のショージート・サルカール。前2作は驚くほどテーマや作風が違いますが、いずれも監督としての高い技量を示しました。【Piku】は雰囲気など【Vicky Donor】に近い作品でした。
【Piku】は、ごく普通の人の日常を描きながら、それでいてちょっと変わっている不思議な味わいのある作品でした。南デリーに住むアッパーミドル層のベンガル人家庭出身のピクー(ディーピカー)とその父バシュコルの父娘関係を中心にとその周りの人たちを含め、登場人物が非常に生き生きとしています。
主人公のピクーは南デリーに住む建築家で友人と共同で建築事務所を経営する女性。「経済的にも、感情的にも、性的にも独立した女性」(父の評)で、「ヴァージンじゃない」(同じく父の発言、さすがにこれには「父親がそんなこと言う?」と怒ってました)。
父のバシュコル(アミターブ)はかなり偏屈な老人で、自分の健康状態には偏執的なこだわりを持っています。そんな父娘は対立しており、かなり激しく言い争ったりますが、結局ピクーはバシュコルの「健康問題」に付き合うし、そのために結婚もしないという微妙な親子関係。
ラーナーはエンジニアを諦め稼業のタクシー会社を継いだという経歴で、ひそかにピクーに想いを寄せています。ラーナー自身、ちょっと変わり者っぽいですが、ピクーとバシュコルの前ではすごくふつうに見えてしまいます。
そんな3人(正確には使用人を入れた4人)がデリーからコルカタまで車で旅をすることになります。
【Piku】の特徴は排泄ネタの乱発。ピクーやバシュコルの口から「constipation(便秘)」、「motion(便通、お通じ)」という言葉が、食事の最中だろうと関係なしに何十回となく発せられます。旅にはバシュコル用のトイレ椅子を車の屋根に積んで出かけます。突き合せれるラーナーも負けておらず、便秘に対する洋式トイレの効能をバシュコルに説いたりします。
サルカール監督の作品【Vicky Donor】(2012)は精子バンクへの精子提供者が主人公で「生殖」がテーマ。そして今回は「排泄」。いずれも人間には欠かせない行為ですが、あまり表だって口にされない点で共通しています。監督にはなにかこだわりがあるのでしょうか。排泄という非常に人間的な行為を中心に据えることで、【Piku】はデリーのアッパーミドル層を描きながらも浮ついた感じのない「地に足の付いた」作品になっています。
一方で、そのあまりの連発ぶりに超現実も感覚が漂ってきます。ディーピカーとアミターブが便秘をめぐって怒鳴りあうなんて、現実の2人を知っているとちょっと不思議な気分になります。
コルカタへの旅行が大事件といえば大事件ですが、【Piku】はほとんど大きな事件が起きません。その旅行も、「思っていたよりコルカタは遠かった」というのが一番の事件で、別に強盗が出るわけでも、故障で立ち往生することもありません。
脇役に至るまでの出演者はみないい演技でした。特に主役の3人はそれぞれに持ち味を出しながらも、それでいて相手を押しのけることなく、本当の意味でのアンサンブルになっていました。良く出来たキャラクターと良い演技が見事にハマった感じです。
スター・キャストの力技や派手さを追求しなくても、良い作品はできるということが実感できる作品です。
音楽
音楽は背景と一部の音楽シーンにさりげなく使われる印象ですが、素晴らしい曲が揃っています。ベンガル出身でこれまでベンガリー映画に曲を書いてきたアヌパム・ローイが全曲を作詞・作曲し、ほとんどの曲を自ら歌っています。
「Journey Song」
「Bezubaan」
ディーピカー・パードゥコーン ピクー役
またしても女優ディーピカーの力量を証明した役になりました。ごく普通の女性の日常を垣間見させる役としては、【Yeh Jawaani Hai Deewani】(2013)(音楽部分を除く)の発展系です。「独立した女性」という点では少し前の【Love Aaj Kal】(2009)を思い出しましたが、その頃に比べると演技力が格段に進歩しています。トイレ・ネタ連発については、「こんなにconstipationを連発する役をやるとは思わなかった」そうです。
アミターブ・バッチャン ピクーの父バシュコル役
ふだんはボリウッドの大御所ですが、役で見せる偏屈な老人ぶりを見ると、やはりアミターブは上手いなあと思います。前作の【Shamitabh】(2015)もそうですが、諦めと執着が混じった老人像はやはり素晴らしいです。
イルファーン・カーン ラーナー役
ディーピカーとアミターブの微妙な父娘関係が中心の【Piku】では、イルファーン演じるラーナーはピクーのことを密かに想っており、終盤にはかすかに恋愛の兆しも見えるものの、やはり第三者でしかありません。しかし、作中のラーナーとしても、俳優イルファーンとしても、中心の2人との距離感が絶妙です。ここはさすがのイルファーンでした。
このほか、バシュコルの義理の妹役にはモウシュミー・チャタルジー。アミターブとは【Manzil】(1979)以来の共演だそうです。ピクーの仕事上のパートナーで、昔ちょっと恋愛関係があったこともほのめかされるサイード役にはジシュー・セーングプタ。モウシュミーと二人、ベンガル人の俳優です。またバシュコルのかかりつけの町医者にはラグヴィール・ヤーダヴ。出番は少しですが、いい人を使っています。
カーストの影響などもあり、農村の裕福な家庭では絶対にトイレ掃除は自分ではやらないインド。最近の都会の家庭はさすがにそうも言っていられませんが、やはり排泄関係には抵抗感は強いようです。もっとも映画ではトイレ関連はいろいろとでてきます。また、インド映画の立小便シーン好きは有名です。ただ、【Piku】はトイレ・ネタをここまで前面に出しているという点で、最近ではあの【Delhi Belly】(2011)に並ぶのではないかと思います。もっともあちらは下痢で、こちらは便秘ですが。
サルカール監督はコルカタ出身。【Vicky Donor】(2012)でもヤーミー・ゴウタム演じる恋人はデリーに住むベンガル人家庭出身で、本作でもピクーたちはベンガル人家庭です。そして旅の目的地として描かれるコルカタの風景が素敵です。最近コルカタは【Kahaani】(2012)、【Detective Byomkesh Bakshy!】(2015)などで少しおどろおどろしい感じに描かれれていますが、【Piku】のコルカタは生命感あふれる瑞々しい美しさを持つ街として描かれています。
変わったテーマながらゆったりとしたストーリー、どこにでもいそうで、それでもちょっと変わった登場人物。なかなか言い表すのは難しい、不思議な魅力を持つ作品でした。ディーピカーのさらに新しい魅力を見出すのにもいいでしょう。
【Piku】
排泄ネタの絶妙な使い方を楽しみたい人、ディーピカーとアミターブの対決を見たい人、ディーピカーとイルファーンのゆるケミ(ゆるいケミストリー)を確かめたい人、コルカタの風景が好きな人、おすすめです。