2010年 09月 25日
【Dabangg】 |
いろいろあってなかなか観られなかったのですが、そうこうしているうちに史上最高のオープニング週の興業成績を記録するなど、とてつもない大ヒット作になってしまいました。
制作:アルバーズ・カーン 監督:アビナヴ・カシュヤップ Abhinav Kashyap 出演:サルマーン・カーン、ソナークシー・シンハー(新人)、アルバーズ・カーン、ヴィノッド・カンナー、ディンプル・カパディア、ソーヌー・スード、オム・プリー、ティーヌー・アーナンド、マヘーシュ・マンジュレカル、マライカー・アローラー・カーン(特別出演)、ギル・マヒー(特別出演)。
今までやったことがなかったのかという気がしますが、アルバーズ・カーンの初プロデュース作品です。アビナヴ・カシュヤップは今回が初監督。
トレイラー
ストーリー
****************************************************
チュルブル・パンディー(サルマーン・カーン)は北インドの小さな街の警察官。犯人を逮捕せずに金だけせしめたりもする汚職まみれ。母(ディンプル・カパディア)思いのチュルブルだが、母と再婚した義父(ヴィノッド・カンナー)やその息子マッキ(アルバーズ・カーン)には感情的なしこりが残っている。マッキは恋人のニルマラ(マヒー・ギル)と結婚したがっているが、その父(ティーヌー・アーナンド)にも、婚資を工場の借金の返済に充てたいと考える自分の父にも反対される。両人に金を渡して結婚を認めさせたいマッキはチュルブルが貯めていた金に手をつけてしまう。
チュルブルは犯人追跡中に出会った壷作りの娘ラジョー(ソナークシー・シンハー)に一目惚れ。結婚を申し込み、すったもんだの末、結婚することになる。
チュルブルの管轄地域で政治的野心を持つチェディ・シン(ソーヌー・スード)は、チュルブルに協力を求めるも拒否され、チュルブルと対立するようになる。対立は次第に激しくなり、ついにはマッキをも巻き込んだ争いへと発展する。
****************************************************
最近では最もサルマーンらしいサルマーン。なかなか楽しめました。しかし、純粋に作品の出来として見た場合、良く出来ているのは間違いないにしても、正直「これが史上最高のヒット作になろうかという作品?」という気もしました。すでに抜いたといわれる【Ghajini】(2008)やこれから抜く可能性がある【3 Idiots】(2009)などと比較すると、ストーリーの斬新さや構成の緻密さなどでは大きく見劣りします。【Dabangg】は批評も良いようですが、もしヒットしていなかったらコテンパンに批判されたであろう点もたくさんありました。また、日本などインド国外の映画祭などで上映しても、どこまで受け入れられるか怪しいところです。
ではなぜこの大ヒット?これに答えることは容易ではないですが、【Dabangg】が【Ghajini】や【3 Idiots】と対極に位置することにヒントがある気がします。中身を見ながら考えてみたいと思います。
【Dabangg】の第一の特徴はレトロ、特に1970年代から80年代前半のインド映画の雰囲気を意図的に取り入れていることです。まず、微妙にセピアがかったカメラ、オープニングの題字などヴィジュアル面で明らかです。また、子供時代に端を発し、その後異なる育ち方をした兄弟間の葛藤という設定は当時の作品でさまざまなヴァリエーションで多く用いられました。さらに、当時のスター俳優であったヴィノッド・カンナーやディンプル・カパディアを出演させることでレトロな雰囲気を出すとともに(知っていることが前提ですが)、オールド・ファンにもアピールしています。
第二の特徴は南インド映画のテーストを加えていること。【Dabangg】の前評判が高かったのはひとえに最近のサルマーンの好調のためで、今回は「何かやってくれそうだ」という雰囲気があったことでしょう。好調のきっかけの一つが昨年の【Wanted】(2009)。タミル映画【Pokkiri】(2007)のリメイクで、サルマーンの魅力を大いに引き出しヒットしました。【Dabanng】の最初のアクション・シーンはほぼ【Wanted】の再現。これは意図的で、そのシーンでは【Wanted】の曲「Jalwa」が流れます。それに続く曲「Udd Udd Dabangg」、さらに他の曲でも南インド映画のダンス・シーンを思わせる部分があります。全編に見られる関節技を多用するねちっこいアクション・シーンはかなり南のテーストが入っていまし、サングラスなども小物を使ったギミックなども南っぽい演出です。
「Udd Udd Dabang」
http://www.youtube.com/watch?v=rI7lgI6jbEU
そして最大の特徴は、なんといっても「ヒーロー」サルマーン・カーンの一人舞台だということ。そしてヒーローは完全無欠である必要はありません。むしろ普通にみたら欠点があるほうが受け入れられます。チュルブルは汚職警官、決して上品ではなく、義理の父を嫌っているなど、嫌な側面も多く持っています。しかし、それでも善悪の最後の一線は越えず、女性には優しく、なによりも腕っ節がめっぽう強いヒーローです。「ロビンフッド・チュルブル」を名乗るように、悪人から盗むのは悪ではないという「義賊」の図式。昔からのインド映画のヒーローの基本形です。
重要なのはチュルブルはあくまでサルマーンだということ。これを反対方向に突き詰めていっているのがアーミル・カーンで、【Ghajini】のサンジャイや【3 Idiots】のランチョは作中の役であって、決してアーミルではありません。この二作品では、主人公はほとんどブラックボックスと化しています。そんな作品としては素晴らしいもののいま一つ思いいれができない主人公に対し、突如として現れたヒーローが【Dabangg】のチュルブルだったわけです。
【Dabangg】は昔のボリウッドでは一般的であった作風を、それらの命脈を保っていた南インド映画のテーストを取り入れることによって見事に復活させました。都市と農村が位置が逆ではあるものの、これってルネサンスの構図ではありませんか!ストーリーのリアリティと緻密な構成の追及に縛られていたボリウッドに、古典の復興、人間味のある主人公の復活で風穴を開けたという点で、当たらずとも遠からずかもしれません。
もちろん、【Dabangg】は現在のボリウッド映画へのアンチテーゼとしてのみ優れているわけではありません。キャスティングにはさりげなくも、かなり気を配っています。先に触れたヴィノッド・カンナーとディンプル・カパディアで作品の雰囲気を作ったほかに、主人公たちの親の世代にティーヌー・アーナンド、マヘーシュ・マンジュレカルのベテラン脇役俳優を配しました。役では頼りないですが、この二人は監督も勤めたことがある才人という点で共通しています。敵役には、南ではかなり成功していながら、北ではどういうわけか今一つのソーヌー・スード。今回は作品のテーストにぴたりとはまり大成功です。また、ヒロインには新人ながら存在感のあるソナークシー・シンハー。あのシャトゥルガン・シンハーの娘で、話題性もたっぷりでした。また、マライカー・アローラー・カーンが夫のプロデュース作品にしっかりアイテム・ガールとして出演しています(ド派手な内助の功?)。
「Munni Badnaam」
【Dabangg】のヒットの原動力となっているのは従来のシングル・スクリーンの映画館での観客動員。最近は都市部のマルチプレックス(シネコン)の比重が高まり、映画の内容も都市人口向けになりつつあるなか、これも珍しいことです。【Dabangg】は、最近の作品に対してなんとなく取り残された気がしていた人々に「こんな映画が観たかった」と思わせたのかもしれません。
サルマーン・カーン (腐敗警官でヒーローのチュルブル・パンディー役)
【Dabangg】はまさにサルマーンのための作品ですから、思う存分に力を発揮しています。デビューから間もない【Maine Pyar Kiya】(1989)や【Hum Apke Hai Kaun】(1994)を好青年の前期サルマーンの代表作とするなら、【Dabangg】はそれ以降のマッチョなヒーローとしてのサルマーンの集大成といえるでしょう。完成までに途中いろいろあってずいぶんと時間がかかりましたが。
ソナークシー・シンハー (貧しい壷作りの娘ラジョー役)
シャトゥルガン・シンハーの娘ということで、公開前から注目はされていました。実際に見てみると、特に演技が上手いという感じはしませんでしたが、とにかく新人離れした存在感がありました。デビュー作【Sadiyaan】で影の薄かった兄のラヴ・シンハーとは大違いでした(毎回持ち出してごめんなさい)。今回は役柄上、不機嫌な顔をしている場面が多いのですが、ときに見せる美しい表情など大物感も漂わせています。シンプルなサリーが良く似合っていました。ふつうの現代ものではどうかなどまだ未知数のところもありますが、デビュー作が大ヒットでいきなりトップランク入りは間違いないでしょう。ランビール、イムラーンなどとの共演も見てみたいです。
「Tere Mast Mast Do Nain」
アルバーズ・カーン (チュルブルの父が違う弟のマッキ役)
自らのプロデュース作品に出演し、兄に不満を抱く弟役という全くカッコ良くない役をやるというのはいかにもアルバーズ。しかし、兄サルマーンを生かすのに徹することで作品を大ヒットに導いたプロデューサーとしての手腕はたいしたもの。もともとなんとなくプロデューサー向きな感じでしたけど。
ソーヌー・スード (チュルブルと対立するチェディ・シン役)
【Yuva】(2004)、【Jodhaa Akbar】(2008)や【Singh Is Kinng】(2008)など、すでにいろいろと出てはいるものの、ボリウッドではそれほど評価が上がらないソーヌー・スード。南ではかなり出演していて、それなりに評価されている俳優さんです。今回ようやくブレークという感じでしょうか。いつからそうなのか分かりませんが、サルマーンにも劣らない筋肉でした。これからボリウッドでも出演が増えそうです。
【Dabangg】の大ヒットにより、インド映画観衆の底知れない奥深さを見た気がしました。作品の入れ替えの激しい都市部の映画館に比べて、人気作はロングランをする地方の映画館。さらにもっと地方ではこれから上映開始というところもあるはずです。興行成績がどこまで伸びるか注目です。
【Dabangg】
最近のボリウッド映画にちょっと不満だった人、とにかくカッコいいサルマーンを見たい人、「スタイル」のある作品が見たい人、ソナークシーに期待という人、お勧めです。
おまけ
1. マッキの恋人ニルマラ役で出演のマヒー・ギルのデビューは【Dev. D】(2009)のパロ役。今回の結婚式のシーンでは楽団が【Dev.D】の曲「Emosanal Attyachaa」を演奏してました。
2. マライカー・アローラー・カーンのアイテム・ソング「Munni Badnaam」の歌詞に登場する「Zandu Balm」は実在の香油。無断使用として製造元の会社からクレームがついたが、なんとマライカー・アローラー・カーンが今後、同製品の宣伝をすることで解決。
3. チュルブルとラジョーの新婚旅行先はドバイ。地下鉄の場面が出てきますが、これはドバイ・メトロ。ドバイ交通局の協力で撮影されました。ドバイ・メトロでの撮影はインド映画では初めてとのこと。
by madanaibolly
| 2010-09-25 16:19
| レビュー